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「聖書の示す愛」

更新日:4月22日


聖書の主題はずばり「愛」です。でも愛という言葉は56歳の僕にはちょっと恥ずかしい。妻を愛していても「愛しています。」とはめったに言わないです。いや言えないです。齢のせい?日本人だから?


言葉にするのも難しい「愛」。行動するのはもっと難しい。僕はクリスチャンで牧師ですから、いつでも笑顔で、どんな人にも優しく真心から接したいと思っています。でもねぇ。


嫌だなぁと思ったり、面倒になったり、イライラしたり、会いたくなくなったり。「自分には愛がないなぁ」と自己嫌悪。


他人には意外といい顔が出来る。でも家族や親族にはどうも…。DV家庭で育ったからかなぁと落ち込み。牧師として失格だなぁと反省。


イエス様は「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と命じています。何度もチャレンジして出来なくて「自分はダメだなぁ」と、どん底に突き落とす聖句でした。


でもある方から大事なことを教わったのです。イエス様は「自分の敵」と言いました。敵です。僕はずっと敵を好きになるように頑張ちゃったのです。敵を好きになれない自分を責めて来たのです。すべての人を好きになることなんてもともと無理。敵を好きになる必要はないのです。嫌いなままで愛を行う。これが聖書の示す愛。


旧約聖書に、敵の家畜が迷子になっていたり、荷物の下敷きになっていたら助けてあげなさい、という聖句があります。好きになる必要はない。でも困っていたら助けてあげる。これが愛。


嫌いなままでも愛することが出来る。愛は感情ではなく行動。愛は名詞じゃなくて動詞。これが聖書の示す愛。


イエス様はすべての人を好きになれとは言っていない。無理。好きになる努力ではなく、嫌いなまま、義務感でも、イヤイヤでも助けてあげる。これが愛。


そしてイヤイヤ愛する僕たちの背中を押してくれるのがイエス様の愛。「だからすべての人を愛することは出来るのさ」と某氏の言葉。びっくりしたのです。



日立キリストの教会 

  牧師 櫛田 猛


日立キリストの教会

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